東京今昔歩く地図帖―彩色絵はがき、古写真、古地図でくらべる (学研ビジュアル新書) mobiダウンロード
東京今昔歩く地図帖―彩色絵はがき、古写真、古地図でくらべる (学研ビジュアル新書)
井口 悦男 / 本
東京今昔歩く地図帖―彩色絵はがき、古写真、古地図でくらべる (学研ビジュアル新書) mobiダウンロード - 井口 悦男による東京今昔歩く地図帖―彩色絵はがき、古写真、古地図でくらべる (学研ビジュアル新書)は学研パブリッシング (2010/11)によって公開されました。 これには177ページが含まれており、本というジャンルに分類されています。 この本は読者からの反応が良く、8人の読者から3.9の評価を受けています。 今すぐ登録して、無料でダウンロードできる何千もの本にアクセスしてください。 登録は無料でした。 サブスクリプションはいつでもキャンセルできます。
東京今昔歩く地図帖―彩色絵はがき、古写真、古地図でくらべる (学研ビジュアル新書) の詳細
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タイトル : 東京今昔歩く地図帖―彩色絵はがき、古写真、古地図でくらべる (学研ビジュアル新書)
作者 : 井口 悦男
ISBN-104054047785
発売日2010/11
カテゴリー本
ファイルサイズ26.85 (現在のサーバー速度は24.15 Mbpsです
東京今昔歩く地図帖―彩色絵はがき、古写真、古地図でくらべる (学研ビジュアル新書) mobiダウンロード - 内容(「BOOK」データベースより) 貴重な明治末~昭和初期の彩色絵葉書、古写真、古地図と、現在の同一視線からの写真、地図を並べて、皇居、浅草、銀座、新宿など、東京の「今昔」をたどる一冊。建物や、町並み、人々の生活から鉄道まで、本書を片手に100年前の東京と見くらべてみませんか。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 井口/悦男 昭和6年東京生まれ。日本古地図学会会長。慶應義塾大学大学院修了(歴史地理学)。慶應中等部教諭・高校講師、慶應義塾大学講師を経て帝京大学教授。現在は同大学非常勤講師 生田/誠 昭和32年京都生まれ。絵葉書研究家。東京大学文学部美術史学専修課程修了。元産経新聞文化部記者。明治時代以来の美術展入場券ほか、貴重な絵葉書の蒐集で知られる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カテゴリー: 本
以下は、東京今昔歩く地図帖―彩色絵はがき、古写真、古地図でくらべる (学研ビジュアル新書)に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
近時、この手の本が増え、これを趣味とする者には楽しい限りです。版行後ただちに買ったにも拘らず鞄の底に入り込み、最近見いだして読みました。実は、ある証明のために写真を探して、この手の蔵書を引っ張り出して点検したのです。で、この書籍で見つかったのです。この書籍の優れている点はこの一点で、それは88・89頁の日本橋北詰交叉点の写真です。日本橋北詰交叉点に映る白亜の洋館の正体は何か? これは私のテーマの一つでありました。調査結果、「中井銀行日本橋支店」との結論に達したのですが、「日本通商銀行」とする大きく有力な勢力があり、建物の表札看板の類が写っている写真が必要だったわけです。そして渉猟の結果、殷鑑遠からず、自分の蔵書の中に見出した次第です。因みに、「日本通商銀行」は『明治の東京写真 丸の内・神田・日本橋』や、多くの史料を無償でご提供くださる中央区立図書館の写真資料の解説にあり(「日本通商銀行」で検索すると3枚の写真が上がります)、それは『明治44年初版発行東京市15区番地界入区分図(東京逓信局編纂)』の地図の当該銀行の位置に、銀行を意味する分銅の記号があってその前の道に「通商」と記載されていることに起因するものと推定されます。以上はまったく個人的な話しですが、この図書の評価に言及しますと、誤りが多いのに吃驚! 例えば一石橋が常盤橋になっていたり、鋼製車両が銅製車両になっていたり。特に常磐橋は常盤橋→常磐橋→新常盤橋と日本銀行の西側に並んでいるので、この辺は肝なんですが、よりによって一石橋を常磐橋とは、間違えてはいけないところですね。もっとも、Google地図もyahoo地図もこのあたりでたらめですね。酷いもんです。もう一つの車両の鋼製化も重要です。古写真はそれぞれいい腕前で撮られた写真ですが、対比する最近の写真はお粗末など素人写真で、経費の節約であったか、酷いもんです。東京若しくはその近郊の人間であれば現物を見て納得もいきましょうが、地方ではそうはいきません。96頁の三井本館の写真など見るに堪えませんね。こんな写真でもPCで補正すればも少しみられるようになるんですがそれすらしていません。これは本当に著者編集者校正者校閲者の手抜きで読者を虚仮にしています。この手の新旧対比の図書は実に多いのですが、総じて現在の写真が添え物的で手抜きが多いようです。出版社・編集部に矜持というものはないのでしょうか?しかし何よりも問題なのは、漱石の『坊ちゃん』が数学教師を辞めて街鉄の技手になった件り。これを「学校の先生から、市内電車の運転手へ。今なら考えられない、ハイカラな時代の転身だった。」と書いている。つまり、技手=運転手とみてる。当時の組織は僅かばかりの大学出の技師がいて、その下に専門学校出の技手がいる。技手は製造業では工手と名前が変わる。因みに工学院大学は嘗て工手学校といった。ヒエラルキーは将校の技師、下士官の技手、兵卒の運転士車掌である。電車普及当初は運転手は技手が担当したかもしれないが、専門学校卒がそんなにいるはずはなく、技手の仕事ではなくなっただろう。もひとつ因みに、技手に「ぎて」と態々ルビが振ってある所を散見するが舌足らずである。技手は「ぎしゅ」であるが、音が「技師」と紛らわしいため便宜的に「ぎて」と呼ばれる。つまり正式名称ではない。いずれにしてもこの部分は書き換える必要はありますね。
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