「うましうるわし奈良」の10年

「うましうるわし奈良」の10年 の詳細

過ぎ去った時に愛おしさを覚える場所が【奈良】なのだと思いました。この本は奈良生まれのシンガーソングライター堂本剛氏の言葉から始まります。「奈良という地には、刻まれた「時」が横たわっている。…（中略）…。現代社会、すさまじい勢いでスピード化される。極限まで効率化された「時間」の中で、自分の心が置いていかれたかのような焦り（p3一部抜粋）」。「どんなことも利便性と効率性だけを追い求めるのではなく、あえて時間と手間をかける。「時」をゆっくりと進ませることで、自分自身の姿を客観視したい。ゆっくりと流れる「時」の中に自分を成長させる何かを見つけたいと（p4）」。その「効率化」で晒される焦りは誰もが感じるものではない。ある人は言うだろう「【効率化】されていれば、無駄が省けて良いではないか。余計なことなどせずに、人生、短いのだから要点だけ得て、要領よくこなしていかなくっちゃ」と。確かに要領が良いと言われている人は、瞬時に物事を判断していくだろう。例えば一冊の本を手に取っても、目次を見て自分の興味があるページしか見なかったり、ペラペラとページをめくり、【要/不要】の是非を問うのだろう。もちろんそれが悪いわけではなく、時と場合により早急的な判断は重要であるし、その本を【読む/読まない】も【本の善し悪し】をどう判断するかも本人の自由である。でも忘れないで欲しいのは、その一冊の本が、多くの人の力で読者の手に渡っていることである。文章を書く人、取材に行く人、協力する人、予約する人、写真を撮る人、本の企画立案者、編集や印刷に携わる人などなど、多くの人の力を借りて一冊の本が出来上がっているのだということを、忘れてしまいがちだけれども、効率化に伴ってそういう感謝の気持ちを抱くことは省いてはいけないのだと思いました。堂本剛氏は奈良生まれということもありよく「奈良でお勧めの場所はありますか（同上）」と聞かれるそうですが「情報誌などを眺めて、自分で行ってみたいと思った場所に行くのが一番いいですよ（同上）」と、回答することが多いそうです。それは決して意地悪でとか面倒だからではなく、どこに行くか考える手間を奪ってしまうことは、旅の楽しみも奪ってしまうという考えからそう答えているそうです。確かに行く側からすれば、どこに行くのが良いのか聞いてしまうし、行ったあとで「えっ、あそこに行かなかったの？」とか、言われたりすると「言ってよ！」ってなる。けど、うん。でもきっと、やっぱり直感って大切なんだと思う。行ってみたいと事前に思っていたところへ行くのも旅だし、たまたま通りかかってそこに入っていくのも旅。不思議な縁で引き寄せられるように、導かれていく感覚。確かに効率的ではないかもしれないけれども、焦燥感から解き放たれて、心の声に耳を傾けていくゆっくりとした時間の流れを味わえるのが奈良なのだと思いました。「うましうるわし」とは「うつくしい、うるわしい」という意味。その本のタイトルに相応しい、素晴らしい本だと思いました。当該書籍はガイドブックというよりも写真集に近く、それに情報をプラスした構成です。読んで奈良へ行きたくなるけれども、実際旅行に行く際には情報誌をもう一冊入手したほうが良いと思います。この本で掲載されている写真は、静寂と躍動に穏やかさ奥ゆかしさ、様々な構図で読み手を奈良へ誘ってくれます。写真に付されたキャッチコピーのひとつひとつに作り手の愛情を感じる一冊です。その中で【変わらぬものはない。失くせぬものがある】という春日大社（pp18・19）の言葉がとても印象に残りました。時代の変化に伴い、存続が危ぶまれたり、維持することが大変な建造物や仏像、諸々あるなかで、自分たちの世代で消滅させてしまわないようにと、大切に大切に繋げてきた歴史を深く感じさせる言葉だと感じました。